さんまさんと所さんのコンピが好き>SETUP

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私は、いろいろなジョークの中でも、さんまさんと所さんのジョークはほんわかしていて好きです。

お二人とも、ある種の哲学をもっていて、すごいなぁ、と思います。

いろいろなことが以前と同じようには行かなくなった。思った通りにできなくなった。不便が増えた──。

コロナ禍のなかで、そんなストレスを感じている人は多いと思います。しかし、きっとこの人なら、まったく違う捉え方をしているのではないか、そう思える人がいます。

日本を代表するマルチタレントの所ジョージさんです。

ミュージシャンであり、コメディアンでもあり、映画にも出演。冠番組を多数持ち、自動車、ゴルフ、スニーカーの収集など趣味も多彩。基地である「世田谷ベース」では野菜や果物も育て、収穫したら自分で仕込んで料理をして、食べて飲んで歌って毎日を楽しむ。そんな姿が目に浮かびます。

人間って、そもそも愚かだと思えばいい

以前の取材では、高校卒業後に造園会社で働いていたとき、父親の勧めで大学に行くことになった話から始まりました。しかし、所さんは、なんとこの大学を1年で除籍になってしまうのです。

「ちゃんと学校には行ってたんですよ。でも、2年に進級するための必修科目を取ってなかったんです。これでは、どんなに頑張ったって2年生にはなれない(笑)」

普通なら落ち込むところです。なんでこんなことになってしまったのかと。しかし、所さんは違いました。除籍をイベントにしてしまったのです。これは、何かのきっかけだ、人生の転機だと。

「だって、出来事そのものが猛烈に面白いじゃない。いろんなことで泣く人は、自分を良い位置に置いているから泣いちゃうわけ。もともと自分は愚かで、愚にもつかない人間だと思っていれば、笑えるのね。

もっと言うと、人間って、そもそも愚かだと思えばいい。そうしたら、全部笑える。立派な肩書き持っている人だって、道端に落ちているゴミを見て見ぬふりしたりすることもある。肩書がすべてじゃないんだから。人間なんて、みーんな、たいしたことないんだから」

所さんは、みんなが賛同することは往々にして面白いことではないとも語っていました。みんなが疑問に思うこと、常識の両極端にあることが面白いのだと。大学を辞め、その両極端を表現したデモテープをつくってレコード会社に送ったことが、人生の転機となりました。

「芸能界にまざろうと思ったわけじゃないし、そこでの順番なんてまったく興味もない。ただ、自分が思ったことを発表する場所が、たまたま芸能界だったわけ。

人って、自分を客観的に見られちゃったりする。だから、バカな自分を面白がっちゃえばいいの。将来を勝手に想像したりしてね。ライブやって、レコード出して、テレビに出ちゃって、なんて自分がどんなふうに流れていくか、自分で勝手に想像して面白がってた」

ゴミ捨てだって楽しいもん

テレビでの絶妙な切り返しやコメントは所さんの真骨頂ですが、それは実は意外なところから生まれていると語ります。

「こういうのって、生まれ持った才能があるからだって、みんな思ってるけど、実はそうじゃない。ちゃんとした生活をたくさんしていれば、どんなことにでも応用が利く。生活をたくさんすることが大切なんだよ。今、世の中どんどん便利になっちゃってる。本来やるべき生活や人生を、何かに誰かに肩代わりしてもらってる。これがダメなんだ」

不便さこそが幸せにつながる

例えば、あえてアポなしで出かけてみる。相手が留守。でも、「そこから面白いことが始まる」と所さんは言うのです。せっかくだからと近所をまわり、近くにある川を眺め、このへんで何か買っていこうということになる。そこを目指したわけではないのに、そこにいることが大事なのだと。

「これが楽しいんですよ。新しい物語ができるじゃん。便利さを楽しさだと勘違いしてる人が多いけど、実は、不便さこそが幸せにつながるの。世の中がいろいろ見えるじゃない。いろんな経験もできる。痛い目にも遭うし、暑さや寒さや四季も感じる。そういうものを、世の中の人は才能と呼ぶのよ」

しかし、多くの人は、所さんの考えるところとは逆を行こうとします。面倒を避け、思い通りを求め、汗をかかず、スマートなことばかり求めようとしているのです。

「汗、いいのに。生きてる感じがする。僕なんか、わざわざ炎天下で草むしりするもん。車のワックス掛けするもん。汗出るよ。だらだら流れる。限界になると塩が欲しくなったり。でも、生きてる実感がする。世界を感じる。僕は絶対、人に任せない」

便利さばかりを追い求め、いつしか人は自分で動こうとしなくなり、どこでも携帯電話ばかりを眺めるようになってしまったのかもしれません。

「1日1日、違う手応えが欲しいから。昨日と違う今日を迎えたいから。でも、あれは毎日の文章が違うだけで、違う人生なんかじゃない。昨日と何も変わっていない。そういうことにそろそろ気づかないといけない。結局ね、自分の考えひとつなのよ。人生をつまんなくしてるのは、自分なの」

人生を楽しく生きるには、結局、自分自身の意識を変えるしかないと所さんは言います。それは、会社も仕事も同じだと。

「お金がなければ楽しいことはできないと勝手に思い込んでる。アンタはお金があるから言うんだと思うかもしれないけど、僕はお金がなくてもそう言うから。だってそうだもん。ゴミ捨てだって楽しいもん。ベランダのプランターの土づくりひとつで楽しめるもん」

何事も楽しむという姿勢が、所さんの幸せに生きる日々を支えている。コロナ禍で思うようにいかない日々だって、果たして本当に辛いのかどうか。

「不安になっても、いいことなんてない。誰も近づかないから。だから笑うこと。不安でも堂々とする。そして、隣の人と比べない。いつも自分だけを見つめる。僕はデビューの頃から自分が世界でいちばん幸せだと思ってた。給料が7万円だったときも幸せだった。給料だと思えば安いけど、小遣いだと思えば7万円はすごいじゃん(笑)」

不安なときでも笑いを忘れず、自分を見失わない。コロナ禍にあっても、これは大切なことです。いまは、目の前にあるちょっとした幸福感や生きている実感を、多くの人が忘れているのではないでしょうか。所さんの次の言葉が印象的でした。

「大きな目標ばかりに目がいってる。幸せや才能の芽は、そのへんにたくさん転がってるのに、みんな見えてないだけなんだよ」

上阪 徹

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