「逮捕されても名前が報道されない」「警視総監 の子息がコネ入社し政財界とズブズブ」「勤務中 に突然殴られて頸椎骨折」……元電通マンが激白 する、「上級国民」の呆れた仕事ぶり

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(2016年に「週刊エコノミスト」に掲載した記事を再掲載しています)

◇記事もみ消しは当たり前の世界

――電通はマスコミに圧力をかけているのか。

藤沢 ある大きなクライアントの不祥事を、雑誌が嗅ぎつけて記事にしようとしていた。そうした記事が出そうになると、ねじ伏せることが頻繁にあった。

例えば、媒体に「向こう半年、出稿を約束するから、記事の一部を修正してほしい」と頼み込んで、急遽、記事を直前に差し替えることがあった。

私の在職中に痴漢事件を起こした社員がいた。

他の会社だったら記事に社名や名前が載るのに、その時は名前が伏せられた。「なぜ?」という思いはずっとあった。

事件後、週に1回の部会で、「〇〇室の室長が痴漢で逮捕され、減給・降格の処分を受けた。諸君も気を付けるように」との報告があった。

該当部署の室長は1人しかおらず、すぐに特定できたが、それを聞いた社員たちの反応は薄かった。

報道では室名も出なかったので、私が同僚に「なぜ、個人名がニュースに出ないのか」と疑問をぶつけると「それが電通の特権だろう」と当然のように答えた。

――媒体にどう働きかけるのか。

藤沢 電通の社員の中には、警視総監の子息もいた。そのほか、政財界との「ずぶずぶ」な関係もある。

すべてに網を張っておいて、どこかで問題が生じたら、それを封じるような策が常にどこかにある。

すごい世界だな、と思った。

悪い記事が出たら「もうこの雑誌には出稿しない」とクライアントのお偉いさんから一本電話がかかってきて、部長が凍り付くという場面もよく見た。

――広告を出さないと電通の売り上げは減る。

藤沢 そこで記事を封じるために、クライアントから口止め料として、さらに多くの広告を取ってきて自分の会社の売り上げにつなげる。

クライアントも媒体も喜ぶし、電通も利益が上がる構造だ。

「社会の不都合な真実がここにあるな」と感じていた。

私が電通を辞める前年に東日本大震災が起きた。東電を叩くべきはずのところをテレビも雑誌も沈黙を貫いた。

私は上司に掛け合った。「これは正しい仕事なのか」と。

しかし「東電の広告費はお前の給料の一部だから共犯だ」と釘を刺された。これが退社の大きなきっかけになった。

◇キックバックという名の「賄賂」で私腹を肥やす電通マン

――キックバックもあると聞く。

藤沢 テレビ制作会社が、「うちだったら、数十万円程度のポケットマネーを落としますよ」という話を普通にしていた。暗黙の了解で懐に収める社員もいたようだ。

しかし、私は理解に苦しんだ。モラルに反する行為だからだ。

制作会社としては、電通社員と強いパイプを作ることで他の番組も発注してほしい。「キックバックしてあげるから、他の番組でも声を掛けてよ」ということ。つまり賄賂だ。

入社当時は、「利権をむさぼるようなことはやめよう」と、互いに絆を強めていた同期も、5年たつと朱に交われば赤くなるで、「電通はこうでなきゃ」と態度を一変させた。

悲しかった。

彼らは「必要悪」を言い訳にしていたが、結局は私腹を肥やしているに過ぎない。

また、電通の部長が架空取引で大金をだまし取った事件もあった。電通が関与していないイベントなのに、関与を装い、知人の広告会社からイベント制作の業務委託料約1億5000万円をペーパー会社に振り込ませた。

――会社を利用する人が多いのか。

藤沢 入社時はそうではない。働いているうちに、みんな、上司の教えや周囲の環境に洗脳されていく。

私の入った部署は、新入社員は毎日、朝8時前には会社に行って、全員の机をぞうきん掛けする。帰りも、全員が帰るのを見届け、最後に消灯する役回りを担う。

「新入社員は派遣社員の下」という教えがあった。

飲み会では、先輩の革靴に注いだウイスキーやビールを混ぜ合わせたお酒を一気飲みさせられる、ということもあった。

私の同期が高級ブランドの白いシャツを着てくると、先輩が「よし、今夜は祝いだ」と言い、赤ワインをその真っ白なシャツにかけたことがあった。同期は一瞬、むかっとしたが、笑顔で「ありがとうございます」と。異常な縦社会が目の前にあった。

◇恒例行事の富士登山で行われる「パワハラ地獄絵図」

若手への厳しい?洗礼?を象徴するのが毎年夏に行われる「電通富士登山」だ。

1925年から始まる伝統行事で、電通とグループ会社の全新入社員のほか、新任の局長や役員も参加する。

――富士登山では何があったか。

藤沢 部署ごとに社員が登頂順位を競い合い、一定の順位内に入れない者には罰ゲームが待っている。

風雨の中、泥だらけになって登っていく風景は、さながら地獄絵図のように感じた。

私が所属した部署ではトップ10に入らなければ「坊主頭」。

前日の壮行会でお酒を飲まされたので、吐きながら走って登った。

今なら明らかにパワハラになるだろう。

私はなんとか9位に入ったが、そうでなかったら憎しみしか残らなかったと思う。

こうやって心と体を磨くという理念を「電通の文化」という形で押し付ける。殴る蹴るで育てられた人が、また下を殴る蹴るで育てる。

◇勤務中に先輩から突然殴られ頸椎を骨折……

――実際に殴られたとか。

藤沢 入社して数カ月後のことだが、会社でデスクワークに没頭し、先輩の方を見ずに返事をしたら、突然殴られ、頚椎を損傷した。先輩に蹴られてあばら骨を折られた同期もいる。本当に恐ろしい風土があった。今はなくなっていると信じたい。

◇ネットの台頭に焦る旧態依然の経営陣

――そうした文化をどう思うか。

藤沢 電通マンとしての根性や気合いが磨かれた部分もあるので、100%否定はしないし、感謝の念も持っている。

しかし、あまりにも古いし、時代にそぐわない面がたくさんある会社だ。

今は、クライアントにべったりくっついて仕事を取ってくるような時代ではない。本当に知恵を持たないとマッキンゼーなどコンサル会社に勝てない時代になっている。

――どうすれば勝ち残れるか。

藤沢 マスメディアが落ち込み、インターネットが伸びてきた中、マスコミに依存してきた電通は、「マスコミという下りのエスカレーター」から、「ネットという上りのエスカレーター」に乗り換えられるかが鍵になる。

電通がネットの台頭に置いていかれてしまうと感じたのは、2000年代初めに登場したネット上の仮想世界「セカンドライフ」だ。そこで不動産やお金をやり取りし、それが現実社会の利益につながると想定されたが、大失敗した。

電通の役員が「ネットというメディアが来ました」と言ったら、当時の社長が「買い切れ」と言ったという笑い話がある。

上層部はネット媒体もテレビ番組のような「買い切り」で通用すると大いなる誤解を抱いていた。

しかし、今はさすがに危機感を持っている。13年に4000億円で英広告大手イージス・グループを買収した。

これが、いい方向に行けばいいが、逆に乗っ取られる可能性を危惧している。

元同僚に伝えたいのは、安穏としていられないということ。本気になれば革命を起こせる力があるのに、既得権益にあぐらをかいて勝った気になっていてはいけない。

元電通マンとして、電通に「昔はよかった」という体たらくにはなってほしくない。素晴らしい人材がそろっているのだから、抜本的な改革を期待したい。

■藤沢涼

1979年鹿児島県生まれ。2001年慶応義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業後、電通入社。テレビ局、営業局などに所属。12年電通退社。13年、インターネット広告を手がける株式会社Lamirを設立し社長に就任。

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