涙がこみあげてきますね・・・>「無事に帰って きて」赤い玉留めびっしり…出兵者への思いにじ む“千人針”

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news.yahoo.co.jp/articles/9c8c6fa40b2118f5a181b2449a2152db0e3355b1

西日本新聞さんの記事です。
マスゴミなどと悪く言われることがありますが、西日本新聞さんの記事は、いつも、はっとさせられます。

今回の記事も、心に響いていろいろ考えさせられます。

 

赤い糸の玉留めが規則正しくびっしりと並んでいる。福岡市博物館(同市早
良区)が所蔵する、戦時中のチョッキに施された「千人針」だ。

【写真】戦地に行く兵士に贈られた「千人針」

 千人針は、召集令状が届いた家庭で作られた。出兵する者のために、家族が道行く人に針と糸を渡し、玉留めを作ってもらうのだ。

 玉留めは「弾を止める」、返し縫いは「無事に帰る」の意味がそれぞれ込められている。赤い糸は神社の鳥居の色に由来するとも。

 死(四)線を避け、苦(九)戦を越えることを願って、腹巻きや肌着などに五銭硬貨や十銭硬貨を縫い付けたという。

 北九州市八幡東区の矢野香代子さん(89)は、ガダルカナル島に赴く身内のために、自宅近くの市場に立ち、千人針の腹巻きを作って渡した。当時10代。「今考えると、なぜあんなものに気持ちを預けたのだろうって思うけれど、無事に帰ってきてほしいことを一心に願ってたからね。一生懸命だった」と振り返った。

 もう一度、チョッキに視線を戻す。切ないほど規則正しく並んだ玉留めに、わらにもすがる思いで無事を祈った女性たちの胸の内がにじんで見えた。

    ◇      ◇

 戦後75年を機に、県内の戦争にゆかりのある博物館や資料館を訪ねた。戦前から戦後にかけ、人々の暮らしの中に戦争はどのように存在したのか。戦禍を逃れて今に残る品々をファインダー越しに見つめ、当時の様子をたどった。 (帖地洸平)

西日本新聞

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