「日本中テレワークすればいい」と思っている人 に伝えたいこと

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コロナ禍はテレワークを一気に普及させた。だが、世間にはテレワークに適さない仕事もたくさんある。文筆家の御田寺圭氏は「テレワークのできる高所得層の暮らしを、テレワークのできない低所得層が支えている。このままでは格差と分断が加速するだけだ」と指摘する――。

【写真】緊急事態宣言が解除されて初めての朝を迎え、多くの通勤客らが行き交う新宿駅付近=2020年5月26日

■オフィス街の喧騒は、二度と戻らないだろう

 新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が発令されたのは2020年4月7日のことだ。この数カ月で社会は一変した。去年までの街角の映像を見ると、大勢の人が入り乱れた雑踏のなか、ほとんどだれもマスクを着用していない。その光景にむしろ違和感や非現実感を覚えてしまうほど、私たちはいまの「新しい生活様式」にすっかり順応してしまっている。

 「新しい生活様式」のひとつとして、市民社会で一気に普及していったのが「テレワーク(リモートワーク)」であった。大手企業を中心として、自宅から仕事を行う新しい働き方が広まっていった。いままで毎朝、満員電車にすし詰めになって出社していた日々から解放された人にとってみれば、この新たなワークスタイルは幸いだったことだろう。

 物理的に他者と密接な距離で長時間過ごさなければならない環境から解放されることで、感染リスクも下げられる。そればかりか、堅苦しいスーツに身を包む必要もなければ、休憩時間にはだれの目をはばかることもなく自室のベッドに飛び込んでゴロゴロしてもかまわない。通勤時間がなくなり残業時間も減り、自分の時間がたっぷりと持てる。人によっては一石二鳥、いや三鳥も四鳥もあったかもしれない。

 すべての稼働日がリモートではさすがに業務に支障が出るかもしれないが、しかし「週の数日のみ出社し、あとはすべて在宅ワーク対応可能」といった柔軟な方向性を打ち出す企業も増えてきている。昼夜を問わずスーツ姿のサラリーマンでにぎわっていたあのオフィス街の喧騒は、良くも悪くもおそらくもう二度と戻ってこないだろう。

■リモートワークでQOLが上がっているのは少数派

 しかし、すべての人がこうした「新しいワークスタイル」を与えられたわけではない。「リモートワークが徹底されてQOLが上昇し、感染リスクが下がり、なおかつ生活基盤もこれまでどおり安定している人」は、むしろ全体から見れば少数派である。この新たな生活様式・ワークスタイルによって生じたツケは、リモートワークもできず感染リスクに曝されながら生活基盤がさらに不安定になる非正規雇用の人びとに集中している。

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新型コロナウイルスの感染拡大で企業に在宅勤務(テレワーク)が定着する中、非正規社員には在宅勤務が認められない問題が深刻化している。非正規の場合、妊娠中や持病がある人ですら出社を強制される例が多い。非正規社員への差別的扱いを禁じる同一労働同一賃金が4月から導入されたが、賃金格差どころか、正社員より高い感染リスクという「命の格差」に直面している。
東京新聞『非正規社員襲うテレワーク差別 妊娠、持病ですら認められず』(2020年5月29日)より引用
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 また今回のパンデミックで注目を集めた「エッセンシャルワーカー」とされる人びともそうである。医療従事者、介護職員、スーパーの店員など、私たちの社会生活に欠かせない基本的なインフラを支える彼らは、しかし必ずしも好待遇であるとはいえず、文字どおり「割に合わない」役割を担わされている現状がある。

■医療従事者の「生活」も蝕む新型コロナウイルス

 医療従事者の間では、新型コロナウイルスの影響で病院の経営が悪化したことにより、賞与がカットされる方針が一部の病院で打ち出されるなど「心身ともにハイリスクな仕事ほど、経済的打撃も大きく、生活基盤もさらに不安定になっている」という傾向にさらに拍車がかかる状況となっている。

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「日本の感染症への対応は、世界において卓越した模範である」
グテーレス国連事務総長がこう評価した日本の新型コロナウイルス感染対策。その屋台骨となっている病院、医療施設の関係者らに衝撃が走っている。
きっかけは2日の参院厚労委。日本共産党の小池晃書記局長が、新型コロナ対応で経営危機に直面している医療機関の支援措置を政府に要請。その際、東京女子医大(東京)の名を挙げ、同大が「夏季一時金を支給しない」と労組に回答したことを示した上で、さらに看護師の退職希望が法人全体の2割にあたる400人を超えている、と指摘したのだ。
日刊ゲンダイDIGITAL『東京女子医大看護師 感染リスク覚悟で対応もボーナスゼロ』(2020年7月8日)より引用
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 その後、東京女子医科大学病院は支給の方針を検討していることが報じられているが、日本医療労働組合連合会の調査によれば、夏のボーナスを引き下げた医療機関は約3割にのぼる(※1)。

 (※1)NHK NEWS WEB『医療機関の3割で夏のボーナス引き下げ 退職者増えるおそれも』(2020年7月13日)

■低所得層ほど、在宅勤務ができない

 海外からも、在宅勤務を中心とした新しいワークスタイルが、かえって富の不平等を促進してしまう可能性を指摘する研究なども出始めている。

 ケベック大学モントリオール校のジョルジュ・タンギー教授らの調査によれば、個人所得が高いほど在宅勤務者は増加しており、また給与所得が高い人ほど、在宅勤務ができる可能性が高いことが明らかになっている(※2)。言い換えれば、低所得層ほど在宅勤務ができず、経済リスクも感染リスクも高い構図が明らかになったのである。

 (※2)THE CONVERSATION「Remote work worsens inequality by mostly helping high-income earners」(2020年5月10日)

 これらはあくまでカナダの報告ではあるものの、ちょうど日本では所得の低い傾向のある介護従事者や飲食業従事者が、高い感染リスクに曝されながらしかし所得は少なく、また今後の生活基盤もきわめて不安定であることと相似形である。

■かつては、疫病の流行後に「格差の是正」が行われていた

 戦争、革命、疫病など、既存の社会の大崩壊を招く歴史的大惨事のあとには、人間社会において広く「富の平等化」に向けた合意形成がとられる――スタンフォード大学教授で歴史学者のウォルター・シャイデルは、世界的ベストセラーとなった著書『暴力と不平等の人類史』でそのように説明した。

 「経済的平等(富の不平等の是正)」は、平時ではほとんど達成されず、戦争や革命や疫病の大流行など、大規模な秩序破壊の後になってようやく開始されるという、きわめて不都合な真実を取りまとめた大著である。たしかに、歴史に鑑みるとシャイデルが指摘するように、社会の大きな動揺と崩壊を「生き延びた」人びと(とくに庶民たち)は、ごく一部の富裕層に対して富の再分配についての強い交渉力を発揮していたことが明らかになっている。

 多くの人命が失われた厄災のあと、文字どおりもっとも多くの「血」を流した一般階層の人びとが、特権的な立場で「血」を流さずに済んだ特権階層の人びとに対して「お前たち金持ちは血を流さなくて済んだのだから、せめて金くらいは支払え。それが筋だろう」と大合唱したのだ。

 命を引き換えに交渉のテーブルに座る怒れる庶民たちの目の前では、さすがの富裕層たちも金を出さないわけにはいかなかった。これまた世界的ベストセラーである『金持ち課税』の著者であるケネス・シーヴも、シャイデルと同様、多くの人びとが命を落とす戦争など「大規模動員」の直後にしか富裕層への課税強化は政治的に合意されないことを、世界中の財政記録を調査することで突き止めた。

■「世界の大富豪26人の富」=「下位38億人の総資産」

 しかしながら、一般市民が強制的に徴用され戦線に投じられるような大規模戦争、あるいは社会の秩序を根本から覆す革命が過去の遺物となってしまった現代社会には、富裕層に対する「交渉力」が市民からはもはや失われてしまった。

 国際NGO「オックスファム」が2019年に出した報告書(※3)によれば、世界の大富豪わずか26人が持つ富の合計は、この世界の下位38億人の総資産と等しいまでになっていて、その格差はひたすら増大を続けている。ちなみに同報告書では、大富豪の上位1%があとわずか0.5%だけ多くの税金を支払うだけで、教育を受けられない2億6200万人に教育の機会を提供し、医療を必要しながらもそれが十分に受けられないため命を脅かされている330万の人びとに適切な医療を提供することができるとの指摘もある。

 (※3)OXFAM International「Billionaire fortunes grew by $2.5 billion a day last year as poorest saw their wealth fall」(2019年1月21日)

 かりに、国際的な協調のもとで世界中の国々が富裕層課税を同時に実施するような政策がなされたとしても、富裕層たちはカリブ海に浮かぶどこかの島国に財産を逃がしてしまうし、それを調べようとする厄介者は自動車爆弾で吹き飛ばされてしまうのである(※4)。世界各国の市民たちは、国際的ビリオネアたちの富の独占を抑止・是正するための論理を20世紀の終焉とともにほとんど失ってしまったのだ。

 (※4)朝日新聞『パナマ文書報道の記者、車爆弾で殺害か 首相は捜査約束』(2017年10月17日)

■コロナは「富の不平等」を均してくれるのか

 ――だが現在の状況は、シャイデルやシーヴの悲観的な予想を大きく裏切ったようにも見える。「富の平等化」の可能性を持つまさかのイベントが発生したのだ。それが今般のパンデミックである。これをもって「奇貨」とするには甚だ不謹慎かもしれないが、今回のパンデミックが「アフター・コロナの世界」において富の不平等をいくらか均してくれる起爆剤になるかもしれない――そのように期待する人は少なからずいることはたしかだ。

 はたして今回のパンデミックによる「社会秩序の大崩壊」の後にも、例に漏れず富の再分配はなされることを、歴史は証明してくれるのだろうか。

■「テクノロジーの発展」という新しい要素

 正直なところ、雲行きはきわめて怪しくなってきているといわざるを得ない。

 というのも、現代社会の「テクノロジーの発展」が、歴史的には富の再分配を促してきた「大崩壊」のインパクトを緩和し、これを克服してしまった可能性が濃厚になってきているからだ。

 冒頭で述べたとおり、高所得な職業・業種の人びとほど、在宅勤務の対応が可能であり、低所得な職業・業種の人びとは在宅勤務を選択する余地がほとんどないという非対称性が明らかになってきている。いわゆる「ステイホーム」が全世界的に「ただしい行い」としてコンセンサスを得ていたわけだが、実際のところその「ステイホーム」によって生じた経済的・社会的しわ寄せの多くは低所得層が被っていたのである。

 ステイホームで得をしたのは高所得なサラリーマンだけではない。企業家や資本家たちも今回のパンデミックで莫大な利益を得た成功者が続々と登場した。プレジデントオンライン読者にも、愛用している方が多いであろうZoomやNetflixといった「ステイホーム最適化」型のサービス提供事業者たちはその典型である。彼らは文字どおり「時代の寵児」となり、瞬く間に巨額の富を築き上げた。

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その他の億万長者については、新型コロナ関連の需要と深く関係しています。Zoomの設立者であるEric Yuan氏の資産はほぼ倍増して77億8000万ドル(約8400億円)になったそうです。SkypeとTeamsを所有するMicrosoftの前CEOで大株主のスティーブ・バルマーは、約50億ドル(約5400億円)を稼いでいます(興味深いことに、ビル・ゲイツの富は減っています)。Netflixの共同設立者でCEOのReed Hastings氏は、今年はじめから10億ドル(約1074億円)近く稼いでいます。他にも何十人もが、なんだかよくわからないうちに何億円もの資産を増やしていました。
GIZMODO『このご時世でももうかりまっか?  新型コロナなどどこ吹く風の富裕層たち』(2020年5月6日)より引用
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■富裕層はパンデミックに恐怖を感じていない

 これまで、大規模な破壊の後に訪れた「富裕層課税」への社会的合意は、彼ら富裕層自身が抱く「恐怖心」が大なり小なりその原動力となっていた側面がある。

 たとえば、帝政ロシアを終わらせ、同国内の貴族階級の多くを血祭りにあげた「ボリシェヴィキ革命」の衝撃は、西欧各国の支配者層や貴族階級の人びとを震え上がらせ、彼らに再分配の合意形成を促進した。西欧の特権階級の人びとは、自分たちが第二のロマノフ家になることを恐れたのだ。

 だが、21世紀のパンデミックでは、テクノロジーや社会システムの進歩が彼らをそうした「(ウイルスの)恐怖」からも多かれ少なかれ解放してしまったかのように見える。大衆が不安と恐怖でパニックになっているさなか、一方で大金持ちたちはパンデミックを比較的冷静に眺めている。

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私自身を例にすれば、いま、フランス北西部ブルターニュの別宅にいます。感染が広がる前にこちらに移りました。庭があり、パリよりも人が少ない。言うまでもなく特権的です。庭付き別宅を持つ階層と、庭なしの自宅に住む階層との間ではリスクが違います。
(中略)
人々の移動を止めざるを得なくなったことで、世界経済はまひした。このことは新自由主義的なグローバル化への反発も高めるでしょう。ただこうした反発でさえも、私たちは『すでに知っていた』のです。16年の米大統領選でトランプ氏が勝ち、英国は欧州連合(EU)からの離脱を国民投票で選びました。新型コロナウイルスのパンデミックは歴史の流れを変えるのではない。すでに起きていたことを加速させ、その亀裂を露見させると考えるべきです。
朝日新聞『(インタビュー)「戦争」でなく「失敗」 新型コロナ 歴史家・人口学者、エマニュエル・トッドさん』(2020年5月23日)より引用
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■すでに「安全な場所」へ避難している

 彼らはパンデミックやその前後の政治情勢不安に恐怖を感じるどころか、それらの動向をいたって冷静に予見しており、自分たちを感染のリスクからも暴力のリスクからも経済的リスクからも遠ざけることに成功し、より安全な「避難場所」へと身を移していたのである。エマニュエル・トッドのように「高みの見物」を決め込んでいる人も少なくないようだ。

 彼らの多くはゲーテッドコミュニティーにすでに移動しており、自身も財産も安全な場所に移して、このグローバルな厄災をやり過ごす準備は万端なのである。彼ら富裕層がまるで恐怖を感じることもなく、政治的・経済的情勢を冷静に見極めてリスクを回避し、さらにはなんらかの事業や投資によって利益まで得てしまっているとなれば、「アフター・コロナの世界」において私たち市民社会が「私たちは血を流したのだから、せめてお前たちは金を出せ」と交渉するのは容易ではないかもしれない。

■テクノロジーは「不平等是正」のツールにもなる

 これまでの歴史に反して、今回のパンデミックでは富裕層課税がなんら合意されることがなければ、人類の歴史は新たなフェーズに入ったことになるだろう。すなわち、破壊の後には一縷の希望としての平等が訪れていた時代が終焉し、破壊がさらなる格差と分断を加速させる時代の到来である。

 世界の富豪でつくる団体「ミリオネアズ・フォー・ヒューマニティー」などからは、富裕層自らさらなる課税を求めるような声明も出されている(※5)が、これがグローバル規模の富裕層課税についての合意形成の呼び水になる可能性は残されている。ゲーテッドコミュニティーで暮らす富裕層やエリートたちにも、現代社会には声を届けられるツールが残されている。それぞれが遠く離れた場所で働いたりコミュニケーションでつながることを可能にした現代のテクノロジーは、パンデミックだけでなく富の不平等を克服するためのツールにもなりえるはずだ。

 (※5)NHK NEWS WEB『世界の富豪83人「私たちに課税を」 新型コロナ』(2020年7月14日)

 新型コロナウイルスによる感染者や犠牲者の報告が、毎日のように世界各地でなされている。そればかりか、倒産や廃業など、新型コロナウイルスがもたらしたもうひとつの災禍についても、その影響の大きさを多くの人がようやく知るところとなってきた。「このパンデミックと経済危機に無関係になれる人などいないのだ」――と、高みの見物を決め込む人にも声を届けていくほかない。

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御田寺 圭(みたてら・けい)
文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』を2018年11月に刊行。Twitter:@terrakei07。「白饅頭note」はこちら。
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文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭

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